東京保健生活協同組合
「原発ゼロへ!福島を忘れないために」東京保健生協 環境委員会としての思い
東日本大震災によって起こった福島原発事故から15年がたちますが、未だに廃炉は愚か住民の住める福島に戻っていません。東京保健生協環境委員会では、原発を無くす運動を推進するために福島のその時々の様子を実際に見たり、現地の方々の声を聴くということを行っています。この取り組みを通して「福島を繰り返さない」「福島を忘れない」という思いを持ち続けたいと思っています。
環境委員会の取り組み
震災の翌年2012年から毎年福島への視察「スタディーツアー」を実施してきました(コロナ禍で6年間中止)。
また、署名活動、放射線の空間線量の測定、被災者の方の話を聴く機会を設けるなどの活動を続けています。2025年3月10日、スタディーツアーを復活させ、14年たった現状を見てきました。この時は、東京ほくと医療生活協同組合、医療法人財団健康文化会と合同で行ってきました。
震災から14年後の福島
福島第二原発を遠望
震災から5年後の視察では、バスの中でも線量計が鳴りっぱなし、一時避難所になった中学校の体育館にはストーブや毛布が散乱している状態でした。
今回、浪江町、双葉町、大熊町、富岡町、楢葉町を回ってきましたが、14年たった現在フレコンバックの除染土は中間貯蔵施設に埋められ、倒壊した家屋はなくなり道路は整備され、一見きれいな街並みでした。
しかし人の姿が見られず閑散とした印象でした。バスの中では、浜通り医療生活協同組合の菅家新理事長から当時の様子や復興の様子などを聴くことができました。住民の多くが戻ってこないことで自治体としての存続ができないとおっしゃっていました。
亡くなられた方へ鎮魂の祈りを捧げる
富岡漁港に降り、福島第二原発を遠くに眺めました。そして静かな波の音とともにバイオリン演奏「シャコンヌ」を聴きながら鎮魂の祈りを捧げました。
「原発悔恨・伝言の碑」宝鏡寺・福島県双葉郡楢葉町
また、宝鏡寺では、今は亡き早川篤雄住職の思いを刻んだ「原発悔恨・伝言の碑」の「原発は本性をむき出し故郷の過去・現在・未来を奪った」という言葉に住職の無念な思いが伝わってきました。また、現地に住む住民の方の「壊れた原発がすべて廃炉になるまでは復興したとは言えない」という言葉も重く心に残りました。
HPHとの関連
フクシマスタディツアーに参加の皆さん
私たちには代々受け継がれ住み慣れた土地に住む権利があります。ひとたび原発が事故を起こせばそのすべてが一瞬にして奪われ戻れなくなります。安全・安心な環境こそが健康に暮らせる第一歩です。環境委員会としては、その生活を守るためにも原発の廃止を多くの方々と訴え続けていきたいと思っています。
報告:小澤 陽子氏(東京保健生活協同組合 環境委員会)
1750-0056 東京保健生活協同組合
NEWSLETTER No.32 MAY 2026





